やなりん魂・その5「奇跡の味」

2023.07.28

前話に続き、今回も「やなりん」がつくる日本酒「山瑞」の話です。

「やなりん」の酒づくりは、米づくりから始まります。
米の種類は、酒米の王「山田錦」に匹敵すると言われる
長野県オリジナルの新しい酒米「山恵錦」です。

その地元信州が産んだ「山恵錦」を田植えする前に行う田起こしは、
元ばんえい競走馬「ヤマト」の出番。
ヤマトに鋤(すき)を引かせて土づくりをする「馬耕」で
「山恵錦」が育つ田んぼを耕します。
この耕し方だと、地中の微生物や生き物を傷つけにくいので、
彼らの命の力で土が肥えて稲も喜ぶ土壌になるのです。

春が来て田んぼに水を引いたら、木こりたちが苗を手植えし、
生えてくる雑草を摘みながら、除草剤は使わず無施肥で、
すべて自分たちの手で育てます。

稲穂が実るまで雑草取りは続きますが、
農薬も化学肥料なども使わないことで、
病害虫を寄せつけない強い稲になります。
その逞しい生命力が、米本来の味を蘇らせるのです。

秋、稲穂が頭を垂れたら収穫です。
稲刈りも機械を使わず木こりの手で行います。
刈った稲穂の乾燥も乾燥機は使わず、
昔ながらの農法「はぜ掛け」で天日にあててゆっくりと自然乾燥させます。

そうして収穫した玄米を、酒用に精米し、杜氏に託します。
木こりが一から手作りした酒米を「山瑞」に仕上げてくれるのは、
創業三百年、松本市街地で唯一の蔵元「善哉(よいかな)酒造」です。

仕込みの水には、「平成の名水百選」として「まつもと城下町湧水群」に認定されている「女鳥羽(めとば)の泉」を使います。
柔らかな口当たりに、ほのかな甘みを感じる湧水です。

杜氏が仕込みに入ると、木こりも一緒にお手伝いします。
麹づくりでは、蒸した酒米を木こりたちが手でほぐしながら冷まします。
できた麹を「女鳥羽の泉」と混ぜ合わせた酒母を樽に入れ発酵させて数ヶ月後、
日本酒「山瑞」が完成します。

そうしてこの春も、新しい「山瑞」ができました。

でも実は、今年の「山瑞」は作れなかったかもしれませんでした。
というのは、米の出来高が大幅に減ってしまい、
酒造りに必要とされる収穫量に足りず、一度は日本酒造りを諦めかけたのでした。

しかし、諦めるということは育てた酒米を廃棄するということになり、
それはもったいないということだけではなく、
山の恵みから授かった米という命を無駄にすることになる。
それは、木こりにはどうしてもできないことでした。

なんとしても米を生かしたい。どうにかして日本酒にしたい。
いろいろな方法を考え、昨年造った精米の歩合の高い純米吟醸酒ではなく、
原材料を確保できる純米酒として「山瑞」を造ることにしました。
ただし、発酵のさせ方にこだわって、純米吟醸の作り方である低温長期熟成で、
蔵元「善哉酒造」に仕込んでもらいました。

果たして、純米吟醸から純米になった「山瑞」の味はどう変わったか?

不思議なのですが、まろやかさと深みが増し、より濃厚な味わいになったのです。
きっとそれは、猛暑を乗り越えた米の生命力の強さと、米を育てた松本の水と、
ヤマトが耕した土の命のつながりの味わいなのではないでしょうか。

昨年より出来たお酒の量は減りましたが、
少しでもたくさんの人に、
今年しか飲めない「山の恵みが生んだ命をつなぐ奇跡の味」を
味わってもらえたら嬉しいと、木こりは願うのです。

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