私たちの大切な仲間、ヤマトが旅立ちました。
享年21歳でした。
突然のお知らせとなってしまったことを、お許しください。
ヤマトを応援し、見守り、会いに来てくださった皆さまへ、
まずは心より感謝申し上げます。

10年前、多くの皆さまに支えていただいたクラウドファンディングをきっかけに、ばんえい競馬を引退したヤマトは、柳沢林業の仲間として、この森へやってきました。
ヤマトが安心して暮らせる場所をつくろうと、荒れていた里山に手を入れたことから始まった「ヤマトの森」。
そこはいつしか、地域の皆さまや全国から訪れてくださる方々とともに育まれる交流の場となりました。
遠方から会いに来てくださる方や、ヤマトをきっかけに初めてこの場所を訪れてくださった方もたくさんいらっしゃいました。
私たちは、ヤマトを通して本当に多くの人と出会い、多くのご縁をいただきました。
ヤマトは、人が大好きな馬でした。
子どもを背中に乗せるときも、神社で神馬を務めるときも、山で木を曳くときも、田畑を耕すときも。
いつも穏やかに私たちに寄り添ってくれていました。人のそばにいることが、本当に好きな馬でした。

昨年には北海道から、ヤマトが競走馬だった頃の馬主さんが、初めて長野まで会いに来てくださいました。
冬の日、偶然テレビに映ったヤマトを見て、手当たり次第に電話をかけ、柳沢林業を探し当ててくださったそうです。
「もう亡くなっていると思っていた。この年まで生きているなんて奇跡だ。」
そう話しながら、久しぶりの再会を本当に喜んでくださいました。
何度も馬肉になる運命を乗り越えてきたこと。
競走馬時代も、真面目に黙々と練習に励んでいたこと。
昔から人に優しく、小さな子どもが足元を歩いていてもじっと見守るような馬だったこと。
その話を聞き、私たちが知るヤマトは、その頃から何一つ変わらないヤマトだったのだと改めて知りました。

晩年、ヤマトは脚を患いました。
ばんえい競走馬として懸命に生きてきた日々も、その身体に少なからず影響を残していたのかもしれません。
それでもヤマトは、最後まで生きることを諦めませんでした。
倒れても何度も立ち上がろうとし、
人が会いに来ると応えるように身体を起こし、力強く草を食む姿は、「生きる」という強い意志が宿っているように感じられました。
ヤマトは、その生き方を通して、「自然の一部として生きる在り方」を教えてくれました。
ヤマトが耕した土は柔らかく、多くの生き物が集まる豊かな環境をつくり、
ヤマトが木を曳いた山道には、ほどなく植物が芽吹き、森は自然に生き生きとしていきました。
それは、重機作業では決して見ることのできない風景でした。
かつて里山には、人とともに働く馬がいて、人と自然をつないでいました。
ヤマトと過ごした10年間は、その風景をもう一度私たちに見せてくれた時間だったのだと思います。
ヤマトは、言葉ではなく、その在り方で多くのことを教えてくれる存在でした。

まだ一緒にやりたいことがありました。
もっと多くの人にヤマトと出会ってほしかった。
もっと一緒に森で働きたかった。
残念ながら、その願いは叶いませんでしたが、
ヤマトが私たちに遺してくれたものは、決して消えません。
これからも、ここは「ヤマトの森」です。
ヤマトがつないでくれた「人と人、人と自然が出会う場所」として、
願わくば、これまでの様にたくさんの人とともに、大切に育んでいきたいと思います。

現在、牧場では、ヤマトを偲び、一人ひとりの中にあるヤマトとの想い出と、向き合える場所を準備しています。また、献花台も設置いたします。
どうぞ、これまでと変わらずヤマトに会いに来てください。
最後になりますが、ヤマトを愛し、支え、見守ってくださったすべての皆さまへ、
心より感謝申し上げます。
皆さまからいただいた愛情があったからこそ、ヤマトは21歳という、競走馬としては稀な長寿を全うすることができました。
本当にありがとうございました。


